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第88回  石巻アーカイブスプロジェクト代表 高橋 幸枝さんに聞く

 宮城県石巻市に住む高橋 幸枝さんからお話を伺いました。高橋さんは、被災体験談等を伝えるラジオ番組制作に取り組む会、石巻アーカイブスプロジェクト代表でいらっしゃるとともに、地元コミュニティ放送局、ラジオ石巻のアナウンサーでいらっしゃいます。聞き手は法政大学のまるちゃんこと丸岡 美貴です。

高橋さん:
宮城県石巻市出身、在住のわたくし高橋 幸枝、ただいま「アラフォー」と呼ばれる年代になっております。ずっと石巻の地に住んでおりまして、地元ラジオ局、ラジオ石巻のアナウンサーとして、そして「石巻アーカイブスプロジェクト」の代表として日々生活しております。

まるちゃん:
どうして地元のコミュニティFM局のアナウンサーになられたのですか?

高橋さん:
仕事をちょうど探していたときに「石巻市に『ラジオ石巻』というラジオ局ができるんだよ。メンバーになりませんか?」というような求人情報があったのです。「面白そうだな」と思い、試験を受けて入社しました。まちづくりに携わり、石巻に住みながら仕事ができることに魅力を感じました。「裏方でもいいし、なんでもいいので、とにかくこのラジオ石巻に携わりたい」という思いでした。
 「局員全員が全部の仕事をこなして、もり立てていくんだよ」という話を上司から聞き「わぁどうしましょう」と思ったんですね。アナウンサーの役割については「本当に石巻が好きな隣近所のお姉ちゃんがラジオで喋っている、そんな身近な存在になってほしい」と言われました。「だったら頑張ってみようかな」と思い、必死に勉強しながらラジオ放送をしていました。

まるちゃん:
そんな高橋さんが愛する石巻の最大の魅力はなんですか?

高橋さん:
海があって、川があって、そして山があって、本当に自然に恵まれたところです。人間もみんないい人で、住みやすいですよ。自分も長年住んでいるので、親しい方々がたくさんいます。

まるちゃん:
今から3年少し前に東日本大震災が起きました。その時は何をなさっていましたか?

高橋さん:
当時はラジオ石巻アナウンサーとして、仕事をしておりました。局内で別番組の制作を終えて、次の番組の準備をして、部屋から部屋へと移動する瞬間に地震が発生しました。本当に今まで体験したことのないような、ものすごい揺れでした。「あ、来たるべきもの、宮城県沖地震が来た」と思いました。
 わたしは3歳のときに、宮城県沖地震を体験しました。その前にもチリ地震津波などあらゆる災害がこの宮城という土地には来ていました。「将来高い確率で宮城県沖地震が発生する」と、石巻市民をはじめ、宮城県民全員がそうした意識を持っていました。いつ来るかはわからなかったので、東日本大震災は普通に暮らしている中でいきなり発生してしまったような状況でしたけどね。

まるちゃん:
東日本大震災がきっかけで、防災士の資格を取ったということをブログで拝見しました。

高橋さん:
「防災士」という言葉を知ったのは、東日本大震災後でした。自分自身、ラジオの仕事をしている立場でありながら「防災に関する知識は全くないな」と思いました。宮城県で防災士の試験があることをネットで確認しました。良い機会だと思って、カリキュラムを受講し、試験を受け、資格を取得したというところですね。

まるちゃん:
東日本大震災の前から宮城県で防災士の試験を受けられる制度はあったのですか?

高橋さん:
そういった取り組みは、全国各地、定期的に行われています。とくにこの東日本大震災をきっかけに、試験を受ける人が増えていると聞いていますよ。「自らの命を自分で守る、近所を守る、周りをまず守る、そして知識を広める」という風な狭いエリアではあるのですけれども、ちょっとずつ自分の力が発揮できるところを大きくしているところですね。

担当

丸岡 美貴(法政大学)

丸岡 美貴(法政大学)

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