HOME > リサーチ部 > 日本財団 東日本大震災現地支援センター責任者の黒澤 司さんに聞く【1】

リサーチ部

第63回 日本財団 東日本大震災現地支援センター責任者の黒澤 司さんに聞く【1】

 フェリス女学院大学4年の高木 裕美です。今週から日本財団 東日本大震災現地支援センター責任者でIVUSA特別顧問の黒澤 司さんにインタビューをしていきたいと思います。
 黒沢さんとIVUSAは阪神淡路大震災以降、一緒に活動させていただき、東日本大震災の際には石巻市で、直近では先日発生した伊豆大島の水害救援活動などで一緒に活動させていただきました。災害現場でよくご一緒させていただき、IVUSA一同は黒沢さんのことを「くろさん」と呼ばせていただいておりますので、本日のインタビューでも「くろさん」とお呼びさせていただこうと思います。よろしくお願いします。

くろさん(前列右)とインタビュアーの高木裕美。後列はよく現場でくろさんと一緒に活動しているIVUSA事務局のメンバー。
くろさん(前列右)とインタビュアーの高木裕美。
後列はよく現場でくろさんと一緒に活動しているIVUSA事務局のメンバー。

黒澤さん:
 くろさんです。よろしくお願いします。
高木:
 さっそくですが、くろさんが災害救援に関わるきっかけになったのはいつなのでしょうか。
黒澤さん:
 やはり、19年前に起きた阪神淡路大震災からですね。この大災害によって通常の行政の機能が麻痺し、行政に代わって多くの市民が神戸を目指し、支援活動を行いました。
 当時のIVUSAの学生たちも、大型の避難所、救援物資の輸送に三交代で寝ずに活動していたことを思い出します。この年1年間で130万人が活動したと言われ、その年1995年はボランティア元年とも言われるようにもなりました。
 この未曾有の市民による災害救援活動が世の中を動かし、後のNPO法の成立などにもつながっていったと思われます。
高木:
 その当時、くろさんは阪神淡路大震災の救援活動にどのように関わっていらしたのですか。
黒澤さん:
 仕事の性格が、ボランティア団体に助成金を渡して、活動を支援する立場にありましたので、活動している団体に対して資金援助をして、そして活動がどのようにされているかということを把握するために、被災地を見てまわっていました。
高木:
 阪神淡路大震災の後はどのような災害救援活動をなさっていたのでしょうか。
黒澤さん:
 一番印象的なのは、その2年後にロシアのタンカーのナホトカ号が日本海で沈没した際、大量の重油が日本会の沿岸に流れ着き、その重油の回収作業を多くのボランティアの方々と行いました。この活動はNHKのプロジェクトXにも取りあげられたほどの大きな動きがありました。
 このボランティアの動きが、阪神淡路大震災での活動の後に続く大きな活動として、災害が起きた際、市民が行動に移すという証明にもなったと感じています。
高木:
 その活動ではくろさんは具体的にはどのようなことなさったのですか。
黒澤さん:
 ナホトカ号の船首部が折れ、その先端部分が福井県の三國町というところに流れ着いた関係で、そこが一番重油が流れてきた港になってしまいましたので、そちらの重油回収作業を行いました。ボランティアの方々は、もともと着ていたかっぱが何かわからなくなるほど油まみれになりながらも活動をしていました。
 阪神淡路大震災では、地震でしたので、油まみれになるようなことはなかったので、どうしてボランティアの方たちはこんなに汚れながらも人や町のために活動できるのだろうと、また違った感動を感じたことを思い出します。
高木:
 その頃、私は3歳ほどでしたので、災害ボランティアにもそのような歴史があったとは知りませんでした。その後はどのような災害救援活動をなさったのですか。
黒澤さん:
 そのあとはほぼ毎年大きな水害が起こりましたので、その度に災害救援活動を行いました。名古屋での大水害や北海道の火山の噴火による災害に対し、ボランティアが活躍するようになりました。
高木:
2004年の中越地震のときにもまた大規模な活動をなさったのですか。
黒澤さん:
 そうですね。阪神淡路大震災以来の大きな地震として、多くのボランティア団体が活動しました。またその年にはさらに台風が10回上陸し、その、最後の台風23号により兵庫県豊岡市が大洪水となりました。2004年は特に大きな災害の起こる年でした。その年もやはりIVUSAとずっと一緒に転々と被災地をまわり、活動しました。
高木:
 くろさんの「風組」ができたのもそのころですよね。
黒澤さん:
 そうですね。中越で被災された方たちや一緒に活動をしていた仲間の中に、重機を仕事としている仲間がいて、そのころにボランティア活動でも、人海戦術だけでなく、チェーンソーなど重機を扱い、機動力を発揮できる災害ボランティアがあったらいいかなと考え始めていました。そういった訓練をその頃からはじめるようになりました。2007年の活動の際は活かされたと思います。
高木:
 その後は、やはりあの東日本大震災の活動になりますか。
黒澤さん:
 そうですね。地震が起きた3月11日はちょうど宮城にいて、その夜に、壊滅的なダメージを受けた宮城県の名足市というところに行き、避難した人たちのために炊き出しを行いました。
 そのあと石巻市に移動し、IVUSAと合流して一緒に支援活動を行いました。
高木:
 なるほど。東日本大震災についてのさらに詳しいお話は、来週にお聞きしたいと思います。くろさんありがとうございました。以上、リサーチ部でした。

担当

内藤 友晴(法政大学)

内藤 友晴(法政大学)