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リサーチ部

第57回 ~放送開始1周年を記念して~「大学生が防災ラジオ、はじめました」企画立案者の素顔

 今週は一周年を記念して、先週に引き続き防災ラジオの企画発案者である株式会社ジェイクランプ社長の佐々木 健二さんにお話を伺ってきました。担当はでんりゅうこと吉田 龍平です。

株式会社ジェイクランプとはどんな会社なんですか?
 大まかにはイベント制作、執筆、番組制作、マネジメントをやっています。もともと2001年にミュージシャンになりたいと思っていて、事務所がないから自分でやろうと動いたことがきっかけです。16歳の時からアルバイトでヒーローショーをやっていた過去もあります。イベントが好きでこのころから意外と表に出るよりも裏方の方が好きだと思っていました。当時はサンプラザもなく効果音を出すのも自分でやっていました。アナログでしたけど面白かったです。
 表舞台ではかつしかFMでロッキンスターという番組を生放送でやっています。また別にジンケトリオは放送10年目に入り、全国74局ネットで流れています。
「大学生が防災ラジオ、はじめました」という番組をやっていますが、なぜ大学生を起用しているのですか?
 大学生の時に岩手県のセミプロみたいな劇団に入っていました。年齢に関係なく、実力世界でそれが面白いなと思って。自分を認めてくれる所でしたし、大人のたしなみとかも教えてもらって、その中で世の中に面白い人がいて、その人たちによって自分のどういう所が好きとか向いているものを見つけさせてもらったので、自分もその手伝いができればいいなと思ってこの番組に大学生を起用しています。
今まででピンチをチャンスに変えた場面はありますか?
 2002年に京都府から岩手県の1100キロを歩いて全宿場町で路上ライブをやっていた時があって、一生懸命やっていると誰かが何か恵んでくれることがあります。たまたま銭湯に行った時、荷物について聞かれて銭湯の脱衣所で歌った時がありました。その時に「上手いね」と言われて団子やスポーツドリンクをいただきました。その時に自分の歌がご飯になったので嬉しかったです。
防災ラジオメンバーにメッセージをお願いします。
 ラジオでしゃべるときには、自分の考えていることや自分の興味のあることをある程度まとめてからしゃべらないと伝わりません。強制的にまとめる作業をしなければなりません。
 自分は京都府から岩手県を歩いていた時、やっぱりツアーバスに乗って、ライブハウスでライブをやり、ホテルに泊まりたかったです。でもお金が無いから歩いたし、野宿したし、路上ライブをしました。そこで自分の中の能力だったということに気が付きました。
 最初惨めだったけど、それが特徴だと気付きました。自分の気が付いていない本当の足元の部分はいろんなものがあってフル活用をすると個性が出てくると思います。この「大学生が防災ラジオ、はじめました」の番組の中で失敗して、恥かいて劣等感の部分を見つけて欲しいです。
 劣等感を持っている人は不足しているものを補おうとするエキスパートになれます。逆にそれが個性になると思います。そういう個性をメンバーには見つけて行って欲しいです。

 ありがとうございました。

担当

吉田 龍平(東洋大学)

吉田 龍平(東洋大学)