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第56回 ~番組放送1周年を記念して~「大学生が防災ラジオ、はじめました」が始まったきっかけ

 今週から2週にわたってこの「大学生が防災ラジオ、はじめました」の企画発案者である株式会社ジェイクランプ社長の佐々木 健二さんに番組一周年記念として、お話を伺いたいと思います。担当はでんりゅうこと吉田 龍平です。

早速ですが「大学生が防災ラジオ、はじめました」を始めたきっかけを教えてください。
 私は、2004年から2006年にかけて50ccのスーパーカブで北海道から沖縄まで全国コミュニティFMを150局ぐらい回っていました。兵庫県の長田区に「FMわいわい」という局があって、そこをスーパーカブで走っているときにどこが阪神淡路大震災の現場だったのかなって思いました。でも、街を見たらきれいだから全然被災地じゃないんですよ。
 でも、「FMわいわい」に行って話を聞いたら全部阪神淡路大震災以降建て直したそうで、びっくりしました。「FMわいわい」のスタジオは普通の民家なんですが、当時の廃材などを使って建てたものだそうです。外に出たら公園があって3本の木があってそれが青々としているんですよ。でもそれも震災の火災によって一回焼け落ちてそのあとに自然に葉っぱが出てきたそうです。
 「FMわいわい」の方に、なんでこういう放送を始めたのかと話を聞いたら、阪神淡路大震災が発生した当時、いろいろな国の人がいて安否情報を看板に書いていたそうです。でも書くことのできる情報は限界があるから、自分たちでFM局を開設して時間帯別に国別の言葉で捜索願の情報番組を放送していました。それに感銘を受けて自分でもいつかやりたいなと思って作ったのが、このラジオ番組です。
この防災ラジオをどうやって続けていきたいですか?
 これから防災ラジオメンバーの中から編集や外回りなどといった専門の人が出てくればいいなって思います。一人ひとりが専門分野を持っていってほしいですね。

 来週は健二さんの人物像に迫ります。お楽しみに。

2002年晩秋撮影。単独徒歩による路上ライブツアー(京都→東京←岩手1100キロ)では、たくさんの方に声をかけていただき、助けてもらいました
2002年晩秋撮影。単独徒歩による路上ライブツアー(京都→東京←岩手1100キロ)では、
たくさんの方に声をかけていただき、助けてもらいました

2004年6月頃撮影。2004年から2006年にかけて50ccのスーパーカブで北海道から沖縄県に点在するコミュニティFM、約150局を訪問しました
2004年6月頃撮影。2004年から2006年にかけて50ccのスーパーカブで
北海道から沖縄県に点在するコミュニティFM、約150局を訪問しました

FMわいわいのスタジオ。廃材を使った机があり、歩くとミシミシと床が鳴りました
FMわいわいのスタジオ。廃材を使った机があり、歩くとミシミシと床が鳴りました

阪神淡路大震災で焼け焦げた木が、数年後青々とした葉っぱをつけ蘇りました
阪神淡路大震災で焼け焦げた木が、数年後青々とした葉っぱをつけ蘇りました

FMわいわいの外観とお世話になった日比野さん。壁に描かれている落書きは、街が焼けて白黒の世界になった光景を見た住民が色がほしいとカラーで書いたもの。「原始時代から始めるんだ」という復興の思いが込められています
FMわいわいの外観とお世話になった日比野さん。壁に描かれている落書きは、
街が焼けて白黒の世界になった光景を見た住民が色がほしいとカラーで書いたもの。
「原始時代から始めるんだ」という復興の思いが込められています

担当

吉田 龍平(東洋大学)

吉田 龍平(東洋大学)