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第33回 稲むらの火 ~歴史から学ぶ防災~

 皆さんは「稲むらの火」という物語をご存知でしょうか?
 「稲むらの火」というのは、江戸時代の震災に関するお話の題名なのですが、その内容が、主人公五兵衛の村が大きな地震が起こったところから物語が始まります。地震の揺れ方をただ事ではないなと感じた五兵衛は、高台にある自分の家から村と海の様子を見て、海岸の潮の引きの様子から大きな津波が来ることを確信します。
 しかし、村の人々は村祭りの準備に夢中で避難する気配がありません。このままではたくさんの村人が犠牲になってしまう。そこで五兵衛は自分の畑にある稲むら(稲の藁の大きな束)に火をつけ始めます。その火に驚いた村人が様子や火を消しに五兵衛の家にある高台に集まります。そこに村に津波が押し寄せ、村人たちは難を逃れるというのがあらすじです。

小学校5年生の国語の教科書にも載っています。
小学校5年生の国語の教科書にも載っています。

 実際に小学校の国語の教科書にも取り上げられているお話であり、実はこの稲むらの火のお話は実際に起きた地震と勇気ある若者の行動がモデルになった話なのです。安政元年(1854年)11月5日夕方16時頃、紀州(現在の和歌山県)でマグニチュード8.4震度6強の大きな地震が起こりました。このことは「安政聞録」という当時の文献にこの地震の記録が残っていて、実際に被災した浜口 儀兵衛(なんと後のヤマサ醤油7代目の当主)という人物が五兵衛のモデルです。
 稲むらの火と同じように村人たちを避難させるために火の明かりで誘導したと言われています。そしてこの浜口儀兵衛、震災後は復興対策に奔走します。紀州藩に援助を要請した儀兵衛ですが、当時の紀州藩から援助が一向に来ず、儀兵衛は私財から米、衣服などを買い、村の人々に与えます。さらに仮小屋(現在で言う仮設住宅)を建てて村人の生活を助けます。
 しかし震災後、津波の影響で畑等が使えなくなってしまったことから村を捨てようとする人々も出てくるために村に防波堤を作るという事業を計画します。村に堤防を作ることで次の世代が安心して暮らせる村にするため畑や職を失った人々に賃金を渡すことでの失業対策を儀兵衛は行いました。

 この浜口儀兵衛のエピソード、現在の東北にも通用するのではないのでしょうか?行政だけではなく、民間の手でも復興させるのも大切ではないかと考えました。もちろん地震の際にも地震が起きて津波が来る前にまずは高いところに避難というのもこの話から学べることができます。古きを知って、今に生かすという「温故知新」の心構えも防災に役立つのではないでしょうか。
 僕たちのご先祖様たちが実際に体験したことから学ぶというのもとても大切だと思います。歴史から学ぶ防災というのも、とても興味深いものがありますので、皆さんも自分の住んでいる地域の歴史を覗いてみると面白いかもしれませんね!

担当

石井 将(国士舘大学)

石井 将(国士舘大学)