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第31回 津波による東京湾養殖海苔の被害 〜漁師さん同士の助け合い〜

 先週に引き続き、東京都台東区の谷中墓地にて、ライターの眞鍋 じゅん子さんからお話を伺いました!
(眞鍋さんと丸岡による対談形式でお送りします)

丸岡:
先週、「東京湾の海苔のイカダが東日本大震災による津波で流された」というお話を伺いました。それは具体的にどういうことなのですか?
真鍋:
東京湾に海苔の工業地帯がありますよね。そこには石油コンビナートがいっぱいあるんです。千葉県市川市で、石油コンビナートのタンクの1つが火災を起こして爆発してしまいました。爆発したところから油が東京湾に流れ出て、千葉県木更津市の方まで流れていったんです。
 海苔養殖というのは、イカダの上にネット(バレーボールのネットのようなもの)を浮かべて、そこに海苔を付着させるんですが、イカダのネットにべっとりと重油がこびりついてしまったんです。
丸岡:
それじゃあ、その海苔は食べられないし、ネットも使えないですよね…。
真鍋:
そうなんです。結局ネットも捨てなくてはならなくなってしまいました。
丸岡:
すごい損失だったんでしょうね。
真鍋:
ネットは何年も繰り返して使うものです。ですから結構値段もするものなんですよね。東北でも海苔の養殖をしていますが、東北の被害はもっと酷いです。日本中で海苔の養殖に必要なネットが、絶対的に足りなくなってしまい、貴重品になってしまいました。
 ネットがなければ来年の海苔の養殖はできません。ネットが重油でベタベタになってしまうことは痛手だったんです。養殖した海苔を獲る期間は12月〜3月くらいまでです。次の年の分の海苔をまた秋口から育て始めて、また12月から獲ります。これが海苔の養殖のサイクルです。3月は海苔が獲れる時期だったのに、東京湾から北は津波によって海苔が獲れなくなってしまいました。ワカメも同じです。
丸岡:
東北のワカメはおいしいのに残念ですね…。
真鍋:
東日本大震災が発生した2011年は、海苔やワカメなどの海産物が突然品薄になったんですね。
丸岡:
生産高が急激に下がったんですね。
真鍋:
そういう問題もありました。
丸岡:
千葉県木更津市の漁師の方が、宮城県仙台市の漁師の方を助けに行かれた、というお話を伺いました。
真鍋:
そうです。江戸の頃、東京湾の海苔は名産でした。有明海、瀬戸内海など、だんだん日本中で作られるようになりました。東北の方だと、仙台湾で海苔が作られています。静かな入り江が海苔の養殖に適しているからです。
 漁師仲間というのは、横のつながりがあります。日本中の漁師さんが古くなって使わなくなった船を集めて、みなさんに紹介していました。斎藤 高根さんは、海苔漁師さんをつてに東北を周ったそうなんです。
丸岡:
すごい!自分たちも被害を受けているのに!
真鍋:
「俺たちなんて、東北の被害から見たらたいしたことはないから」ということだそうです。何十万、何百万の被害を受けているんですけどね。もちろんご自身も後で補償を受けることができるんでしょうけど。補償で追いつけるような被害なのか、というのは、ちょっと私にはわからないです。
 東京湾で被害を受けている中、東北に行くと愕然とする。大変な中でも「よくぞ来てくれた!」と、ガチャガチャな家の中に通してくれて、お茶をごちそうしてくれて、本当に心苦しかった、という話も伺いました。漁師さんには漁師さん同士のつながりや助け合いがあったようで、それには感動しましたね。
丸岡:
もともと東京湾は海苔の本場なんですね?
真鍋:
そうです。「アサクサノリ」って言い方わかりますか?
丸岡:
はい。わかります。
真鍋:
「アサクサノリ」の名の由来は「浅草で獲れた」というのはもちろんですが、「江戸のノリ」という意味もあります。「アサクサノリ」は代名詞であり学名でもあります。
 「品川巻」ってわかります?おせんべいにノリを巻いて食べるものです。
丸岡:
ああ!磯辺焼きのことですね!
真鍋:
そうです。それを「品川巻」って言うんです。「シナガワノリ」の養殖がこの時代にはすごく盛んでした。東海道沿いにあるので、大名行列とか旅人が東京・江戸の海苔を買い、作り方も伝授してもらい、名物として地元に持って帰る。そうやって、瀬戸内海や九州、日本中に伝わりました。
丸岡:
ありがとうございました。

 来週は、真鍋さんが福島県葛尾村に行かれたお話を伺います。

担当

丸岡 美貴(法政大学)(写真中央)

丸岡 美貴(法政大学)(写真中央)