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レポート部

第79回 宮城県気仙沼市で活動してきた先輩に聞く3年目のリアル

今週は宮城県気仙沼市でIVUSAの活動に参加してきた東洋大学の先輩である吉川 潤さんにお話を伺いたいと思います。吉川さんは、3月11日の前後にIVUSAで行われる気仙沼市の復興支援活動に2012年から3年続けて参加しています。聞き手は「でんりゅう」こと東洋大学の吉田 龍平です。


でんりゅう:
自己紹介をお願いします。

吉川:
東洋大学4年の吉川 潤です。よろしくお願いします。

でんりゅう:
では早速、宮城県気仙沼での活動ということでいつから活動していました?

吉川:
3月8日から12日で活動してきました。

でんりゅう:
東日本大震災の3年目の節目になる3月11日が入っていますね。

吉川:
そうですね。3月11日の追悼式の運営のお手伝いが一番大きな活動内容だったのでそこをまたいだ5日間でした。

でんりゅう:
式典以外にもいろいろやっていましたよね?

吉川:
追悼式合わせて3つの活動を行いました。2つ目は3年前からお世話になっている地福寺での活動でした。追悼式の前日に行われる前夜祭での運営や、そこで使われる竹灯篭を使ったメモリアルアーチの作成を行いました。3つ目は2011年の震災当時に大学生でなく高校生で、現地に行きたくても行けなかった後輩が多かったのでその子たちに気仙沼のことを知って欲しくて、IVUSAのOBを通じて現地の方にお願いし、活動期間中にお話しをお伺いしました。

でんりゅう:
そうだったんですね。ところで潤さんはなんで気仙沼に行ったんですか?

吉川:
僕がIVUSAに入ったのは東日本大震災の後なんですよね。その時に何かしたいと思ったのがきっかけでした。最初に行った活動が気仙沼でした。大学生活が終わる最後にリーダーとして自分が行くべきだなと思い行きました。

インタビューする吉田(右)と答える吉川さん(左)
インタビューする吉田(右)と答える吉川さん(左)

でんりゅう:
ちなみに何人ぐらいの隊でしたか?

吉川:
今回の隊はだいたい120人ですね。

でんりゅう:
すごく多いですね。隊をまとめるのは大変ですよね?

吉川:
みんなの意識の統率や活動場所がバラバラでそれをまとめるのが大変でした。

でんりゅう:
震災3年目ということで気仙沼市に入って潤さんが感じたことは何ですか?

吉川:
3年目だけで切り取ってみるとおそらく被災地としては普通です。やはり復興速度に差がありまだまだひどい所があるからです。気仙沼にはコンビニやスーパーも信号も普通にあります。3年前から一年ずつ連続して気仙沼に行っていますが、行くたびにしっかりと瓦礫の片付けや緑化が進んでいて少しずつでも復興が進んでいると思いました。

でんりゅう:
活動中気仙沼を散策されたそうですがどうでしたか?

吉川:
散策の目的は単なるボランティアとして行くだけではなく気仙沼に住んでいる人と同じ目線に立てるように行いました。追悼式は参列されている方にとっては大切な人を無くした、一気に無くなってしまった日でもあります。その日をどんな気持ちで参列されているかは考えてないといけないなと思い、その人たちからお話をしたり町を自分の足で歩くことによって少しでも気持ちを近づけるために行いました。

でんりゅう:
被災地という表現も語弊が出てくると思いますが気持ちに立って考えてやっていかないと難しいですよね。

吉川:
被災地という言葉は外から被災した場所を見て言っていると思います。しっかりと宮城県とか気仙沼みたいにしっかりと見てあげることが重要です。被災した事実は確かに無くなりませんが、自分は被災していないという立場ではなく同じような目線に立って考えられるようになればいいですね。

でんりゅう:
ありがとうございます。吉川 潤さんのインタビューは来週も引き続きお話を伺います。またよろしくお願いします。以上レポート部でした。

担当

吉田 龍平(東洋大学)

吉田 龍平(東洋大学)