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レポート部

第76回 豪雪レポート~「被災者」として感じたこと~

今回は、2月8日、15日に発生した記録的大雪の災害レポートを、「でんりゅう」こと東洋大学の吉田 龍平と、「むさし」こと法政大学の宮本 将司でお送りします。

でんりゅう:
僕は、二月の8、15日の両日ともゼミの旅行やIVUSAの活動があり、関東に居ませんでした。ゼミ合宿で訪れていた福島県では、関東の様子がテレビを通して伝えられましたが、実際に関東の様子を見ることができず、不安でした。
15日の雪の時、僕は新潟県にて、地域活性化の活動に参加していましたが、帰り途中、関越道が大雪のため通行止めになってしまい、通常よりも大幅に時間をかけ、なんとか帰ることができました。
東京に着き、実際に街中を歩いてみて気が付いたのが、新潟や、福島との雪質の違いでした。新潟や福島の雪は、パウダースノーであまり滑りませんでしたが、東京の雪は水気が多く、氷のようになりやすく、とても滑りやすかったです。この大雪により、物流も大きく乱れ、新潟から帰る途中のサービスエリアでは、パンなどが置いてありませんでした。
このようなときに、親元から離れているというのは、とても不安でした。離れていると、情報が断片的にしか入ってこないので、不安が増したので、情報を自発的にしっかり仕入れるというのも、このようなときは大切なのだとわかりました。
むさし:
僕は東京都の八王子市という、山梨県に近い市に住んでいます。そのため、都心よりも降雪量が多く、商店街のアーケードの屋根が落下する被害などもありました。長靴やスコップなどの雪に関連した商品が売り切れており、除雪したくてもできないお宅もありました。
僕がバイトしている会社は複数店舗があり、その日は普段出勤している職場ではなく、自宅からもっとも近い職場へ出勤するという対策が取られました。
また、僕の通っている大学では、大雪による路線バスの運休により、入試会場である大学まで、雪の中、4キロ以上も受験生が歩いて向かうこととなりました。大雪から数日たった後も、道路の除雪が終わっていませんでした。
その他にも、チェーンにより、道路の白線が消えるなどしたため、塗りなおしている地域もありました。こういった街の様子を見て、出身地である富山県、雪国との違いを強く感じました。
富山県では、除雪車が走っていたり、融雪装置があったりして、歩道や道路の雪は比較的早くなくなります。しかし、今住んでいる地域では、そういったものがないため、自分の感覚よりも長く雪が残り、長い間、生活に影響がありました。しかし、あまり雪が降らない地域に、雪国のようなインフラを整えるべきだ、と言いたいのではありません。その地域に合った備えというものが必要なのだと感じました。長靴や、チェーンなどは事前に用意しておく、消耗品も急いで買わなくていいよう、普段からストックを用意しておくなど、普段から備えていれば、対処できたことが、いくつかあったのではないかと思います。
また、今回の大雪を災害と感じている人は、どのくらいいるでしょうか。初めは僕も、東京でもこんなに沢山の雪が降るのか、と思う程度でしたが、ニュースや街の様子を見ていくうちに、これは災害なのだと気づきました。大雪が降ると知った日から、災害に備えていれば、僕も何か出来たかもしれません。普段から災害への意識を持ち、備えておくことが重要なのだと、僕は思いました。

山梨県で雪かきボランティアをしています(詳細は第77回レポート部でお届けします)
山梨県で雪かきボランティアをしています(詳細は第77回レポート部でお届けします)

担当

鎌田 隼人(法政大学)

鎌田 隼人(法政大学)