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レポート部

第75回 フィリピン現地レポート③~実際に被災地を訪問して感じたこと~

今週も先週に引き続き事務局の伊藤がフィリピンからお送りさせていただきます。 今はマニラのフィリピン大学(日本で言う東大)のキャンパスからお届けしています。
1月末に、フィリピンのレイテ島のタクロバンとオルモックに行き、通訳をしてくれた橋本 典子さんから、2週にわたってお話を聞きましたが、話足りなかったこと、また被災地に行ってどんなことを感じたのかということを伺います。

伊藤:
橋本さんもレイテ島は初めてなんですよね?」
橋本さん:
はい、実は初めてです。
伊藤:
実際に行ってみてどんなことを感じられましたか?
橋本さん:
タクロバンからオルモックに移動する2時間の道のりの中でたくさんの家が直されずにそのまま残っていたり、ヤシの木が同じ方向に倒れていたりしたのが印象に残りました。
伊藤:
どんな怪獣が通ったんだっていうくらいひどかったですよね。実際時速何キロって言ってましたっけ?
橋本さん:
100キロ超えると言う話は聞いています。
伊藤:
時速100キロを超える風って言うのがイメージつかないですけれど、でも傷跡は今も生々しく残っていましたし、2ヶ月経った今もあまり変わらないというのが現状でしたね。

レイテ島の様子(バスの中から撮影)
レイテ島の様子(バスの中から撮影)

橋本さん:
あと、他のNGOで活動している方がサイコソーシャルトレーニング(メンタルケア)のために入って住民の方と一緒に活動しているんですけれども、瓦礫を片付ける中で遺体であったり、骨であったりというものが見つかっているという話もあります。
伊藤:
実際オルモックに行って住民の方からのお話を聞くにあたって橋本さん自身どんなことを感じられましたか?
橋本さん:
まずこの住民の方たちの受け止め方として、まだ希望を捨てていない、hopefulと言っていました。すべてがなくなって、一から生活が始まって、誰に頼ればいいんだという状況にいるなかで、将来に対する道を見失わない強さを感じました。

レイテ島にある空港(タクロバン)
レイテ島にある空港(タクロバン)

伊藤:
日本も東日本大震災が起こった後、 暴動を起こすなどがなく被災住民の方が秩序正しく行動されたということがありますが、日本のコミュニティの強さとは別の違った意味の強さがあるなと私は感じました。
橋本さん:
コミュニティというつながりでは非常に大きいと私も感じました。
伊藤:
ガワド・カリンガという先週お話しした団体の現地のオフィスに行ったのですが日本のNGOとのオフィスとは違って住民の方達が普通に出入りできてご飯も食べている、というくらいオープンなんですね。
けれど向こうの方が1から10まで教えてくれるのかというとそうでもなく、基本自分から行かない限り放置プレイです。日本だとお客様が来たらおもてなしをすると思いますが、それをやっていたらかなりしんどいと思います。
その点、適度にオープンで心地よかったなと個人的には思いました。最初何をすればいいのかわかりませんでしたけどね(笑)
それでは3週にわたって送りしてきました、レポート部、フィリピン編ですがこれで終わりにしたいと思います。橋本さんありがとうございました。
橋本さん:
ありがとうございました。

担当

花岡 篤史(日本大学)

花岡 篤史(日本大学)