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第57回 ~番組放送1周年を記念して~IVUSAに関わる原点とは?

 この「大学生が防災ラジオ、はじめました」が始まって1年が経ちました。今回は、それを記念し、「原点に返ろう」ということで、この番組を製作しているIVUSAの原点を考えてみます。
 先週は、IVUSAの設立時に、大学生で設立に中心的に関わった宮崎 猛志理事に日本大学の花岡 篤史がインタビューしましたが、今回は宮崎理事がIVUSAに関わるようになった原点について聞いていきます。

花岡:
 宮崎さんはそもそも何でIVUSAに入ったんですか?
宮崎:
 先週もお話しましたが、IVUSAの立ち上げのきっかけとなった夢企画(国士舘大学で行われた学生の夢を応援しようという企画)のビラが学内に貼ってあったんです。そこには「ラオスで学校を建設します。参加者を募集します」と書いてありました。
 大学入って、毎日楽しく過ごしていたのですが、何か刺激が足りないと感じていたので、面白そうだなと思って、事務室に行って先生に聞いてみたわけです。すると「しまった。そのビラ出してはいけなかったんだ」と言われたんですよね。「え?大学が募集しているんじゃないんですか?」と聞いたら、「これは特定の学生を推薦して行くんだよ」と言われ、ちょっとカチンときてしまったんです。
 それで、当時夢企画を担当していた下村先生(現IVUSA代表理事)のところに行ってみたらと言われたので、次の日行ってみると、学生と面談中でした。私が「ラオスの小学校建設に行きたいんですけど」と言うと、下村さんは「ちょうどこの学生にその説明をしていたんだよ。同じ話になるな」と言われました。
 それにもちょっとカチンときて、「自分は説明を聞きに来たんじゃなくて、連れて行ってくれるかどうかだけ教えてくれればいいんですよ」というちょっと生意気なことを言ったんです。すると、下村さんが一言「いいよ」と(笑)。
花岡:
 意外と軽いんですね(笑)。
宮崎:
 それでラオス小学校建設活動に参加して、その後紆余曲折を経て今に至るという感じです。
花岡:
 IVUSAに入って、宮崎さんが変わったこととかありますか?
宮崎:
 基本的に変わっていないのか―と思います。ただ、いわゆる若者特有の悩みを抱えている自分はちっぽけだなと思うようにはなりましたね。自分の心配をするよりは、世の中困っている人も多いし、社会も変えていかないといけないこともあるので、そちらの心配をした方がいいのかなと考えるようになりました。
花岡:
 ところで、聞いたところによると、宮崎さんは中国におられたとか。
宮崎:
 ええ。大学を卒業した後、4年間日本語教師として中国で生活していました。
花岡:
 何かIVUSAで得た知識やスキルが役に立ちましたか?
宮崎:
 一番大きかったのは、私は中国語を全然話せなかったんですけど、言葉が通じなくても何とかコミュニケーションできるということですかね。
花岡:
 20年経ってもIVUSAに関わり続けている「原点」は何ですか?
宮崎:
 自分が自分らしく生きることで、誰かのために、何かのためになったらいいなとは漠然と思っていました。それから、学生時代に阪神淡路大震災が起きて、その救援活動に行ったことも大きかったですね。日本は災害大国ですし、何かあったら現場に出てその地域の方々のために何かしたいし、そうできる団体でありたいとずっと思ってきました。

 来週は、宮崎さんがなぜIVUSAに関わるようになったのかの「原点」についてお話を伺います。

担当

花岡 篤史(日本大学)

花岡 篤史(日本大学)