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第56回 ~番組放送1周年を記念して~IVUSAの原点とは?

 この「大学生が防災ラジオ、はじめました」が始まって1年が経ちました。今回は、それを記念し、「原点に返ろう」ということで、この番組を製作しているIVUSAの原点を考えてみます。
 IVUSAの設立時に、大学生で設立に中心的に関わった宮崎 猛志理事に日本大学の花岡 篤史がインタビューしました。

花岡:
 IVUSAという団体はどのように始まったんですか?
宮崎:
 もともと国士舘大学で1992年から行われた「夢企画」というものがきっかけになっています。その当時というのは、18歳人口が非常に多く受験戦争も激しかったため、自分の目指した大学に入れずに挫折感を感じ、疲れ切った学生が多くいました。
 夢やロマンを感じられない社会に対して、学生が自分たちのパワーや感性を活かして何かすることを大学が応援しましょうというのがこの夢企画です。具体的には、スーパーカーに乗りたいとか、スカイダイビングがしたいなどの夢があったのですが、その中に開発途上国に学校を作りたいとか、自分の生活している周辺の川を清掃したいというボランティア的なものがいくつかありました。
 その活動に参加した学生たちを中心に立ち上がったのがIVUSAです。組織化されたのは1993年ですね。
花岡:
 最初の頃の雰囲気はどんな感じだったんですか?
宮崎:
 団体を立ち上げたメンバーは、大学生活の中でいろいろな活動をしていたり、サークルの部長をしていたりした人が多かったですね。個性的な人たちが集まったと言えると思います。
花岡:
 宮崎さんもかなり個性が強いと思いますが、具体的にどんな人がいたんですか?
宮崎:
 私はその当時の人からすれば全然個性がないと思いますね。先輩方や同期の人たちというのは、タクラマカン砂漠をラクダで踏破したり、半年間ヨーロッパを放浪したり(本人曰く環境の勉強のため)するような「一人で戦っている」人たちや、ものすごく真面目に勉強している人など、とにかく個性が強かったです。
 普通に生活していたら、絶対に知りあわない、まず友だちになりたくないような(笑)メンバーが、活動になると一つにまとまり、活動が終わるとまた仲が悪くなるといった感じでしたね。
花岡:
 海外が好きな人が多かったんですね。
宮崎:
 当時は、バブル経済がはじけた直後で、まだ日本経済が元気のあった時代だったんです。若い人たちが海外に行くのが流行っていたとも言えるし、景気が悪くなっていく中で、今後どうなっていくのかという不安を抱えていた面もあります。
花岡:
 じっとしていられなかったんですかね。
宮崎:
 それは今も同じ若者の気質や特権と言えるんじゃないですかね。その塊のような人たちが多かったですね。
花岡:
 20年経っても変わらないところはどこだと思いますか?
宮崎:
 自分ひとりでは大したことはできないけど、仲間となら何かできるし、社会をギャフンと言わせたいというような若者特有の「野望」みたいなものは変わっていないんじゃないですかね。

 来週は、宮崎さんがなぜIVUSAに関わるようになったのかの「原点」についてお話を伺います。

● IVUSAの原点となった1993年の3つの活動

ラオス小学校建設活動
ラオス小学校建設活動

多摩川清掃大作戦
多摩川清掃大作戦

北海道南西沖地震災害救援活動
北海道南西沖地震災害救援活動

担当

花岡 篤史(日本大学)

花岡 篤史(日本大学)