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第54回 何もないから何でもできる ~宮城県山元町復興支援活動レポート~

 IVUSAは東日本大震災で被害のあった宮城県亘理郡山元町で月一回定期的に復興支援活動を行っています。今回は、9月の活動に参加した日本大学3年の緒方 悠乃にインタビューしました。
 山元町は2年半経ってもまだ支援が行き届かないところがあります。そこで、地元の人とどのように山元町を盛り上げていくのかを考え、今回漁業市場の仮設テントの設営の支援活動を行いました。詳しくはIVUSAのウェブサイトをご覧ください。

緒方 悠乃
緒方 悠乃

いつ支援活動に行きましたか?
 9月13日から勉強会を開始して、9月17日の朝に東京に戻ってきました。
支援活動を行った山元町とはどのようなところですか?
 宮城県亘理郡は、宮城県の中でも一番下の方にあたり、海に近いので、漁港があり、魚がたくさん取れるのですが、福島県に近いということもあり、風評被害もあります。
山元町はどのような状況で、どのような活動をしましたか?
 山元町には漁港があり、たくさん船がありましたが、津波の影響で船が一隻になってしまいました。また、築地などを想像していただけるとわかりやすいのですが、魚を選別する所には屋根がありますが、それも津波で流されてしまいました。
 活動内容は市場の代わりとなるような大きな横幅32メートルほどの仮設テントの設営のお手伝いをしました。現在は長崎県などから船の寄付もあり、少しずつ本格的に漁業を再開していこうというところでしたが、魚を選別する所に屋根がないと魚も傷んでしまうので、そこが一番優先だという考えで今回この活動を行いました。
それまでは震災後、漁業は再開されていなかったのですか?
 準備はしていたのですが、船がなかったので再開できてなかったのですが、今年も3隻船をいただき、今年の秋から鮭などが獲れるので、それに向けて頑張っておられます。
今回この活動に緒方さんが参加しようと思ったきっかけはなんですか?
 山元町に行くのは今回二回目で、一回目は地域の人と触れ合う時間が多く、山元町とはなんたるかというのを勉強しに行きました。なので、今回はその時お世話になった方々にもう一度会いたいという気持ちで参加させていただきました。
活動で印象に残ったことはなんですか?
 良い話ではないのですが、実際にテントを建てようとなった時に、テントの部品が足りないということが終盤になって発覚して、みんなで落胆してしまいました。さらに、次の日から台風がくるということになり、外での活動ができなくなってしまいました。
 そこで、リベンジ戦ではないのですが、10月の頭にまたテントを建てに行く予定です。
最後に防ラジを聞いている大学生にメッセージをお願いします。
 私が東日本大震災にあったのは、高校を卒業してすぐという時期でした。ということは、今の大学生ってほとんどの人が高校生の時に震災にあっていて、その時自分からなにかをできるという立場になかったと思います。でも今だったらできることってあると思います。なので、2年半たったから大丈夫だろうではなくて、自らの目で見て、感じてほしいです。
 ただ悪い所ばかりではなくて、津波で全部流されてしまったから、だからこそ何もないから何でもできる。と地元の方はおっしゃっていて、これからどう盛り上げていくのかというのが学生に求められているので、すごく夢のある地域だと思います。

担当

高橋 七望(東洋大学)

高橋 七望(東洋大学)