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第34回 防災ラジオに入ろうと思ったワケ

 今週は丸岡 美貴が、防災ラジオに入ってくれた法政大学2年の鎌田 隼人に、なぜ入ろうと思ったのか、そして、これから防災ラジオにどのようにかかわっていきたいのかということについて聞いてみました。

丸岡:
鎌田くんはどうして防災ラジオをやろうと思ったのですか?
鎌田:
やはり自分自身、東北に住んでおりまして、震災を経験して、防災というものに興味を持ったこともあり、そして、ラジオというものを通じて、自分自身、防災に対する知識を得ることができて、なおかつ全国の皆さんに自分で得た知識をどんどん話して、防災に役立てていただけたら、と思って参加させていただいた次第です。
丸岡:
なるほど!みんなに防災ラジオを聞いてほしいという想いもあると思うのだけど、鎌田くんは東北に住んでいたということで、具体的には震災当時どんな状況だったんですか?
鎌田:
震災当時は山形に住んでおりまして、やはり山形でも丸一日以上停電が続きました。夜も雪が降っていて、とても寒かったんですが、電気がないのでストーブもつかないので防寒のためにダウンコート何枚も着てしのぎ、たまたま家にカセットコンロがあったので、それを使って3玉のうどんを6人家族で分け合っていましたね。
 ほかにも携帯電話の充電がなくなり困った経験などから、やっぱり日頃からある程度の期間は不便なく過ごせるような備えや、近所の人と協力できるような関係づくりができたらいいなと思いましたね。
丸岡:
鎌田くんは避難所には行ったのですか?
鎌田:
僕は家でしたね、山形は地震による直接的な被害はそんなに大きくなかったんです。ただ、震災後1週間2週間と時間がたっても一向に物流が回復しなくて、車のガソリンを10リットル入れるのに3時間待ちで、満タン給油はしてもらえなかったです。
 仙台に親戚が住んでいたのですが、支援に向かおうと思っても支援する側の自分たちの元に物資がなく、一度だけ何とか行くことができたのですが、その時、仙台はまだ電気・ガスが復旧してなくて大変そうでした。
 しかし、たまたまその親戚の家には太陽光発電がついていたので、テレビや少し寒かったのですが、電気を使った暖房が使えていて、なんとか避難所に行かなくても暮らせていたようです。お湯を沸かせるので、インスタント食品は食べられたんですが、そもそも物資がなかったので、大変だったことには変わりないですよね。
丸岡:
お話を聞いていると備えあれば憂いなしっていうのが、とても伝わってきますね!
 やはり、震災後、鎌田くんのうちには防災袋とかって準備するようになったの?
鎌田:
今は、防災袋というよりは、予備の携帯電話、カセットコンロ、水、父の会社から支給された乾パンなど、徐々にですが次の災害に備えるようになりました。
丸岡:
先ほど、太陽光という話が出てきたけど、今だとスマートフォンの充電器にソーラーパネルついているものとか、ソーラーパネル付きのランタンとかありますよね。ああいったものを備えておければいいですよね!
 最後に、「備えあれば憂いなし」ということを、身をもって体験した鎌田くんは、これから、どういうことを防災ラジオでやっていきたいと思いますか?
鎌田:
やはり、先ほども話したように、リスナーの皆さんの防災の役に立つような情報を自分もどんどん入手して、それをどんどん発信していけたらなーって思います!
丸岡:
やっぱり、身近なところからってことだよね!
鎌田:
そうですね!
丸岡:
はい、ありがとう!これから、ラジオもそうだけど、同じ法政大学の先輩と後輩としてもよろしくお願いしますね!

 今回のレポート部は、法政大学2年の鎌田 隼人に私、丸岡 美貴がお話を聞きました!以上、レポート部でした!

担当

丸岡 美貴(法政大学)(写真中央)

丸岡 美貴(法政大学)(写真中央)