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第115回  中越地震から10年

今週のレポート部は、「ともきよ」こと法政大学の友清渉が担当します。今回は、2004年に起きた新潟県中越地震から10周年を迎えた長岡市栃尾地区で、IVUSAも記念式典を行ったのですが、そのリーダーを務めた法政大学4年の小原和也にインタビューしました。

 

ともきよ:
IVUSAと栃尾のつながりについて教えてください。

インタビューに答えてくれた小原和也さん
インタビューに答えてくれた小原和也さん

小原:
2004年10月23日の中越地震でIVUSAが災害派遣という形で、長岡地域に訪れました。2005年12月に豪雪災害が栃尾地域を襲い、IVUSAは100人の学生で栃尾地域に訪れたことがきっかけです。

ともきよ:
中越地震では様々な地域が被害に遭っている中で、どうして栃尾地区中心で活動を続けられているのでしょうか?

小原:
中越地震で甚大な被害を受けたのにも関わらず。メディアに取り上げられることもなく、見捨てられた被災地と呼ばれてしまったのが栃尾地域でした。当時仮設住宅の区長を勤めていらした千野義夫さんが、我々IVUSAの理事で現在は、長岡市市議会議員の桑原望さんにボランティアの依頼をしたことから始まりました。

ともきよ:
それが、続けられているきっかけなんですね。次に、一年間を通してどのような活動が行われていますか?

式典の様子
式典の様子

小原:
「栃尾ふるさとづくり活動」が一年間の活動の名称でして、継続的に行うことを大事にしています。春は、耕作放棄地で畑を耕したり、ひまわりを植えたりして地域の住民の方達と交流を行っています。

ともきよ:
耕作放棄地というのはなんですか?

小原:
住民の減少や農業離れで畑が荒地になってしまうことです。
次に、夏では日本三大花火祭りの一つでもある。栃尾フェニックス花火祭りの運営のお手伝いをさせてもらっています。もう一つの栃尾祭りでは、栃尾が一つになる祭りで我々IVUSAも参加者として地域の方との交流を深めさせてもらっています。

ともきよ:
僕も、神輿を担がせてもらったことがありますね。

小原:
はい。秋では、春に植えた作物の収穫を児童養護施設の子どもたちと一緒に行ったり、式典を行ったりしました。この活動では、中越地震の出来事を風化させないように学生と地域の方との交流を通して意識を深めていく活動です。冬には、除雪作業や地域のお祭りに参加しています。

担当

岸本 匡史(東洋大学)

岸本 匡史(東洋大学)

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