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第113回  宮城県亘理郡山元町災害復興活動レポート

今回は「ともきよ」こと法政大学4年の友清渉がIVUSAで継続的に行っている、宮城県亘理郡山元町震災復興活動に参加してきた法政大学2年の倉本夏歩さんにインタビューしました。

 

ともきよ:
8月に行われた山元町震災復興活動について、活動背景と概要について教えてください。

倉本:
この活動は、東日本大震災当初に普門寺というお寺のお墓が津波で流されてしまい、そこに災害救援して入り続いている活動です。津波が収まった後お骨を集め、骨壺に入れ、他の団体さんの協力もあり骨塚が完成いたしました。
骨塚の高さがが震災の時に来た津波の高さ4メートルで作り、震災を忘れないようにしようという意思を残したものになっていました。ただ、時が経ち骨塚の砂が飛ばされ、表面に瓦礫が顔を出してしまいました。それを仮設住宅から来る方が、それを目の当たりにして津波のつらい記憶を思い出させてしまうような現状を、心苦しく思っている住職さんから聞き、今回の活動に至りました。

ともきよ:
ありがとうございます。他に何か活動は行いましたか?

活動に参加した倉本夏歩さん
活動に参加した倉本夏歩さん

倉本:
昨年の3月に行われたIVUSAの活動で、カナダ海洋漂着物瓦礫清掃活動という活動がありましたが、そこで発見された山元町の杭を返還する活動もありました。

ともきよ:
今回行われた活動の参加人数と日程を教えてください。

倉本:
活動自体は8月6日~11日の5日間でした。また自分は活動の2日前から隊の事前調整のために現地入りしていました。参加人数は嬉しいことに209人という大きな隊として活動することができました。

ともきよ:
活動の最中にフィールドワークを行ったとお聞きしましたがこれはどんなことをやりましたか?

倉本:
フィールドワークは2回行いました。1回目は山元町の津波にあった小学校に行きました。ここで校長先生から伺った話では、屋上に避難をさせたことで全員が助かったという場所でした。ここでは津波の被害を感じることができました。2回目は復興商店街に行きました。ここでは復興スピードの違いや、地域間の差を感じてもらう目的で行いました。

ともきよ:
倉本さんは2日前から現地入りしたそうですが、どうしてですか?

倉本:
私はこの隊で当日作戦という立場で参加していたので、11日までに必ず終わらせられるような作戦を立てるために早く現地に入りました。どうしても終わらせなければいけない理由は、半年前の3月に行われた山元町の活動で、終わらなかった活動がありました。その時に住職さんと話合い、お盆までに終わらせることが決まりました。この活動が終わった次の週がお盆だったので、何が何でも終わらせなければいけないと決心したので、正確に計画的に活動できるようにしていました。

来週も引き続き倉本さんに、宮城県亘理郡山元町復興活動についてお話を伺います。以上レポート部でした。

担当

吉田龍平(東洋大学)

吉田龍平(東洋大学)

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