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レポート部

第11回 被災地のコミュニティFM局に3.11当時のことを伺いました

 今回は、「大学生が防災ラジオ、はじめました」を放送してくださっている宮城県塩釜市のBay-Waveの横田 善光(よこた よしみつ)さんに、東日本大震災時の様子をお話していただきました。

 会社の外で爆弾が落とされているような揺れ、停電、発電機があったので、何とか番組をしようとしていたら、防災無線が聞こえてきました。最初は「津波注意報」でしたが、10分くらいしたら「津波警報」そして「大津波警報」に変わりました。
 私たちのFM局は「Bay-Wave」というくらいですから、海岸から200mくらいのところにあります。防潮堤があるので大丈夫だなと思っていたのですが、10mの津波が来るということで、無念だったのですが放送を中止して、高台にある塩釜神社にスタッフ全員で避難しました。大津波警報が出たのは、開局して15年ですが、初めてです。

被災地のコミュニティFM局に3.11当時のことを伺いました

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 宮城県は、宮城沖地震が10年以内に70%、30年以内には90%起こると言われていて、防災に対する意識は高かったんです。ただ、そこで起きる津波の想定は3mで、防潮堤もそれに耐えられるものしかありませんでした。
 避難したのは午後4時ちょっと前でした。実際避難するのに1時間くらいを要したのですが、私の中の感覚では10分くらいしかなかったんです。
 大体の放送局は、何か災害が起きた時にスタッフはどのような行動を取るのか、放送内容はどうするのかということはマニュアル化されています。しかし、今回は揺れや津波がすごかったこともあり、マニュアル通りにはいかなかったのが現状ですね。

被災地のコミュニティFM局に3.11当時のことを伺いました 被災地のコミュニティFM局に3.11当時のことを伺いました

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 津波が来たときは、局も浸水しているだろうけど、また放送が再開できるように機械だけは無事でいてくれと祈るような思いでした。私たちは1997年に開局したのですが、もともとは1995年の阪神淡路大震災がきっかけとなって、始まったんです。もちろん地域振興やまちづくりということもあるのですが、沿岸部ということでやはり防災ということにウェイトを置いていました。ですから、放送を再開することで頭が一杯でしたね。

被災地のコミュニティFM局に3.11当時のことを伺いました

 震災からだいぶ時間が経ったので、ぜひ観光で訪れていただきたいですね。
 今後、震災が日本で起こる可能性が高いですので、被災地を視るというのもとても勉強になると思います。実際に足を運ぶということが大切だと思います。

 Bay-Waveでは、臨時災害放送局の立ち上げの手引きも作られています。次回は横田さんにこの辺りをお伺いします。

担当

金子 聡美(学習院大学)

金子 聡美(学習院大学)