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第87回  水道から防災をひもとく?お江戸の水道は木だった!??

 今回は法政大学の「ともきよ」こと友清 渉と「まるちゃん」こと丸岡 美貴が担当します。

ともきよ:
東京都水道歴史館(東京都文京区)を見学してきました。現在、就職活動中でして、水道関係の企業に関心を持っています。水道に携わることで日本を支えたいです。そのために勉強が必要だと思い、行ってきました。
 施設を簡単に説明しますね。1Fは近現代水道についての展示です。震災や干ばつを乗り越え、世界有数のレベルに成長した東京の水道の歴史や技術を見るフロアでした。
 2Fが江戸上水のしくみや水文化を紹介するフロアでした。「上水」というのは、簡単に言うと蛇口から出てくる飲み水や料理に使える水のことです。下水の反対ですね。
 3Fがライブラリーで、水道に関する色んな資料が置いてありました。

 2Fから周りました。施設に入ると、職員の方から「まずは2Fからご覧ください」と言われます。「2Fに江戸の歴史があるから、そのあと1Fで近現代のことを見てね」ということなんですかね。
 2Fで江戸の歴史を見て驚いたのは、当時の水道管は木でできていたということです。

まるちゃん:
木!?そもそも水道ってさ、江戸の時代からあったんだね!当時は水を井戸か、桶持って川で汲んでくるものなのかなって思っていた!

ともきよ:
その生活だと困るだろう、ということで、1590年に徳川家康が木の水道管を作ったみたいです。木樋といいます。それで江戸中に水道が巡らされました。いやぁ驚きましたねぇ。
 今度は1Fに周って、近現代の水道の展示を見ました。「大砲でも飾ってんのかなぁ」と思うくらいの水道があって驚きました。直径は2.9mでした。水道は水源地ほど大きくて、都市に近づくにつれて小さくなっていきます。たぶんダムとかから直に水を流していた水道の模型だったのかなと思います。

まるちゃん:
近現代、明治や大正で太平洋戦争より前の時代から、日本は蛇口ひねれば水が出る国だったってこと?

ともきよ:
そうした地域が出てきていたということですね。
 今度は3Fに行きました。ゼミでアジアの水問題についてちょっと勉強したことがあったんですけど、そのときに扱ったインドのダムについての資料が探したら全部あって驚きましたね。

まるちゃん:
東京水道歴史館には、日本に限らず、世界各国の水関係の資料が集まっているってこと?

ともきよ:
みたいですね。
 ここで、日本の水道管の話に戻ります。なぜ現在の水道管は、江戸時代の木樋ではなく鉄製なのでしょうか?単純に「頑丈にしたかった」というのもありますけど、伝染病予防というものが大きかったようです。木は腐ってしまうので、それが原因でコレラが蔓延したみたいです。なんとかするために明治維新以降、欧米の技術を取り入れて、鉄の水道管にしたみたいです。水道管にも文明開化の音がしていたわけですね。
 水害というと、大雨や洪水を思い浮かべますよね。インフラの未整備が原因で、水が病気を運んでくるということも水害なんじゃないですかね。「水道工事は、伝染病などを未然に防ぐ防災も兼ねているのかな」と思いました。

 また、東京水道歴史館は、非常時の給水施設としての機能もあります。施設見学の帰り際には「水、ご自由にどうぞ」とペットボトルが置いてあったので、もらっていきました。
 水道の歴史やしくみについて知りたい人、喉が渇いた人もぜひ東京水道歴史館に行ってみてはいかがでしょうか!?

東京都水道歴史館のウェブサイト
東京都水道歴史館のウェブサイト

担当

友清 渉(法政大学)

友清 渉(法政大学)

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